第2章:密林の彷徨

密林の彷徨


期間:1945年3月30日~9月1日


海も空も陸でも、戦闘能力を失っていたネグロス日本軍は、米軍上陸を迎え撃つことはできず、山岳ジャングルの中に逃げ込むしかなかった。兵全体(二万四千)のうち、既に三分の一は戦死。その生き残った半分の命が、このあと消えることになるジャングルへと逃げ込んでしまったのだ。全く準備のないままに!

逃げる事ができない、生きるか死ぬかのサバイバルゲーム。一方的な米軍の攻撃を命からがら逃げ惑い、5ヶ月の間、飢死せずに真一はどうして生き残ることができたのか?投降してゲームが終了するまでの記録。

memo

ジャングルで逃亡中、軍隊手帳のメモは
「密林の彷徨」基となった

◆◆目次◆◆

ネグロス島の密林移動マップ

ジャングルへの入山

ジャングルでの生活

アメリカ軍の空襲

アメリカ軍への降伏

ネグロス島の密林移動マップ

ネグロス島で入山して以来、山の中を爆撃を受けながら命からがら逃げ惑い投降するまでの活動マップ
map pmap.mt2

●ジャングルへの入山

【1945年】

①3/30 PM10:00
ビクトリアス工場発
 マルコ川橋梁→タンザ飛行場裏
  →東海道→鈴ヶ森 

②トラックで行けるところまで行く
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昭和20年3月30日 24時
ビクトリヤスより入山の途 
マルコン川を徒渉す満月なり

③3/31 小田原到着(自動車便乗後、
  徒歩で小田原へ)

④3/31 PM2:00
  羽黒台 坪井隊陣地到着
  深いジャングルに覆われている

⑤ 3/31 PM2:00
  三峰台に集積してある糧秣運搬

●ジャングルでの生活

●羽黒台の生活
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ネグロス島
羽黒台の住まい
ジャングルの中

⑥4/2 家3軒建てる

⑦ギンバラオ方面空軍援護下戦車、
  ブルドーザーでジャングル切り開く

⑧高原での戦闘は20日位で終了
  ジャングルに追い込まれ、あとは
  逃げ隠れに専念

⑨食料野草の調査開始  川蟹、昆虫、
  ヘビ、トカゲ何でも食す

●山地自活
(川蟹の串焼き)
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山での珍味

(毒ヘビ)
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毒蛇も首をくくられ、皮を剥がれて

焼かれて食べられてしまえば世話ねえ

(バッタ、イナゴ)
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バッタ、イナゴ取り混ぜて

(セミの串刺し)
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セミは油臭くて

美味ならず

⑩食用野草講習会実施
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「このイラクサの茎と葉が食べられます。」

⑪コンソリ峠まで野草探し

⑫硫黄谷発見
   ・・カイヨウ、皮膚病薬つくり

⑬糧秣運搬命懸けとなる
   仮病をつかい逃げる者あり

⑭切込み隊 帰らぬ者多発
●切り込み隊
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切り込みの戦果
カンデン(ヤギ?)  バボイ(イノシシ?)

⑮友軍全く手を出せず

⑯ドイツ無条件降伏の報流れる

⑰ギンバラオ崩壊し敵は近くまで来る
  羽黒台死守命令発令

⑱軍医衛生兵の代用

⑲4/30 羽黒台退却(雨期)
  天神山の無名稜線へ
  糧秣を羽黒台から運搬

●羽黒台退去
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迫の追撃
羽黒台 転進(タイキャク)の図

⑳5/8 笠置山へ
  農業関係技術者を連れ兵団参謀部
  勤務に。ここは危険な場所
  酒精関係資料全て燃やす
  途中シコロスキーの空襲 

㉑現地自活研究指導班編成
  栄養失調、脚気患者続出

㉒現地自活建設隊誕生
  芋栽培

㉓5/21 地獄谷に退却
  無名稜線に迫攻撃で退却
  地獄谷への途上は迫攻撃集中
  神頼み 雷台敵に占領(3日後)

㉔5/24 地獄谷到着

㉕5/25マンダラガン縦断路から大和盆地へ(農業予定地)
●大和盆地へ(農耕予定地)
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マンダラガン越え
白骨の腰に残れる短剣は
霖雨の中に錆びてありたり
靴の無きも心暗し

※霖雨・・・長雨

㉖4/24-27 大和盆地を農業地区とする

㉗芋蔓切込み隊編成
  ここに芋を植えるため切込み隊編成し
  10日で芋蔓持ち帰る

㉘5/30小屋作りと乾燥糧秣製造
  (無縁かまどづくり)
●無名稜線の生活
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無名稜線山の茶屋小屋

㉙3/31地獄谷より大和盆地に糧秣運搬

㉚蟹釣り
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神屋氏 マンダラガンにて蟹に
露命を繋ぐの図

蟹袋
一日 150~200匹
ヒルを餌にして釣る

㉛行倒れ

㉜追いはぎ

㉝河原の生活
  5/30以来河原の生活

㉞蛙とり、電気イモ、ヘゴトロ、岩燕
●蛙捕り
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蛙の丸焼き
味良し

●燕を食う
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岩燕

断崖の岩燕の卵、雛 共に珍味也

命がけの食欲

㉟帰らぬ兵・・谷川に多くの行倒れ


㊱ジャングルに敵の放送

㊲人肉を食べん

㊳地獄谷 温泉の中白骨累々 地獄絵
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ネグロス

地獄谷温泉 中は白骨累々

㊴マラリヤ ネグロスは少なく恵まれていた

㊵御嶽新道 大和盆地から御嶽経由で
 バコへ、サンカルロスへの道作る

㊶6/15 大和盆地からボガン地区へ
  食糧なくなり、ボガンの芋畑へ移動
  (地図もなく途中引き返す・・食糧もなく最悪の状態)

希望盆地

㊷6/21 希望盆地到着
 ボガンを目指したが道がわからず、
  図らずも希望団地につく
  バゴ川上流、大森林を切り倒し米軍が
  畑作る。大食料地帯発見
  日当たりも良く、日がな虱取り
  塩が不足

●虱と赤虫
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食糧地帯での生活
満腹すれど塩、シラミ、赤ダニに悩まされる

㊸希望盆地の食糧食い尽くす

㊹7/18 希望盆地の下流に移動
マイス(玉葱)等豊富

㊺7/21 芋を掘った後に必ず芋等植える
  芋の食べ方指導講習

㊻食生活 甘藷の親子丼、ドンコ、エビ、
  カニ、オタマジャクシ等大量採取

㊼7/8 東大文学部学徒出陣の
  下士官救助

アメリカ軍の空襲

㊽  7/25 空襲
  6月以来の久々の空襲
  カタマリン、ボガン、シライ地区上空
  B24、ロッキード、シコロスキー爆撃
  8月に入り一層激化(マニラとの輸送
  機往復頻繁に通過)

㊾  8/13,14,15 頭上爆撃

アメリカ軍への降伏

㊿  8/18 終戦情報 兵団より正式伝達

51  8/20 サンカルロスへ向かう
   明野盆地へ

52   8/21 一夜盆地へ

53   8/25 坪井大尉に再開

54   8/25 軍使 投降日程決定
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六航通

小林中尉 軍使としてサンカルロスに降る
8月19日(リッチモンド少佐会見)

灼熱の真昼の道を白き旗掲げ歩めり 心淋しく
道の辺に花群れ咲けど吾が心感慨(おもい)せまりて黙し歩めり

白旗を持つのは誰もいやだとて交代で旗を持って行ったという
【絵の日本兵の説明】
  小林中尉
  通訳兵
  白旗持兵
  日の丸持兵
  銃持兵
    〃
    〃

55   9/1 投降
    捕虜収容所へ

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