樺太と北海道の犬、文:小松真一【昭和13年(1938年)】
日本犬を研究するにあたっては我が国の最北に位置する樺太や北海道に飼養されている犬を調査するのが1つの要件である。
私は昨年の夏、樺太と北海道の一部を巡歴する機会を得た。故にその時に見聞せることの大体をまとめて見ることにする。
樺太には古くから土着の民族に飼養されて居る犬は沢山いる。夫等の犬は馴鹿と共に冬期における交通運搬の具たるソリを引くに利用されるのみならず、その肉や皮は土民生活の必要品の1つである。しかも、そのソリ犬は大体同じ系統に属するもので、比較的大きく力強いものが多く特殊技能を持つ猟犬以外の小型の犬などは入って来ても皆衣食の用に供えられてしまう。
現今、樺太に見られる犬には大体3型ある。●ち毛の特に長い、肩胛部の高さは55糎(センチメートル)に達する犬でエスキモー犬に良く似たものと、沿海州(極東ロシア)に多くて毛は、やや短いが大きさは前者とほぼ同じ位のもので、是等の2型はソリ犬として用いられている。その他の犬は小さいキツネ型のもので、アイヌ、ギリヤーク等が狩猟に用いている猟犬であるが、これは北海道アイヌの犬が入ったものではないかと思われる。
普通、樺太犬というのは前記のソリ犬2型を指すのであって黒には小型な猟犬は樺太犬とは呼ばない事にする。もしかして樺太犬2型のうち長毛なるを樺太犬第1型、短毛なるを樺太犬第2型と呼ぶことになる。
樺太犬はその一般的特徴から見ると渡瀬博士の最上系統に属するものがあって耳の先端はやや丸味を帯び、毛は密生していて、尾は背上に巻き、顔面は大体8角形を呈する。
樺太犬第1型はその毛著しく長く、モクモクとしている毛色は黒、黒褐、白、斑などで樺太犬第2型より毛の質が遥に良く毛皮としての価値もまた大きい。吻(口先)は比較的短く、ストップが深く眼の色も概して淡い様であり、顔面の角はやや丸味を帯びている。頭骨の最大長は20~23糎(センチメートル)で、最大幅は12~13糎(センチメートル)である
樺太犬第2型は第1型に比べて毛が短く、毛色は黒褐、ゴマ、斑等で、ストップは第1型より浅く、吻(口先)は長く、顔面の角は角張っている。もちろん、この兩型(2型)の中間に位するものがある。
樺太犬の頭骨のうちに秋田犬の頭骨に非常に良く似たもののある事は興味ある事である。
次に北海道でアイヌ部落に飼われている犬を調べて見たが、それは意外に体は小さくて、北方系統の犬という感じが殆どしない。旭川あたりのアイヌ部落の犬を見ると、肩胛部の高さ35~50糎(センチメートル)で、毛色はキツネ色、ゴマ、黒などで毛は大部分短いが、中には毛の相当長いものがある。斯様な(この様に)長毛の犬は北海道南部には全く見られないから、恐らく樺太犬の血が混交しているのではなかろうか。この毛の長い方は耳の形及び耳の立ち方なども樺太犬に似た點(点)が多い。アイヌの老人に聞いても昔は毛の短いキツネの様な犬が多かったとの事である。
アイヌは犬を熊狩に用いるので大体、一戸に23匹ずつ飼っているが、旭川部落は旭川市が近いので、洋犬の雑種多く、今日では見るべき犬は極少数しかいない。
更にアイヌの中心地、日高の沙流郡(さるぐん)の平取(ひらとり)、二風谷(にぶたに)、荷負(におい)、長知内(おさちない)、鵡川(むかわ)、紫雲古津(しうんこつ)、ビタルバ・ビラガなどのアイヌ部落の犬はさすが奥地だけに野生的、原始的面影をとどめており、アイヌ犬らしい感をあたえる。
日高の犬は小型で、多くは肩胛部の高さは35~45糎(センチメートル)で、それ以上のものは殆ど見当たらなかった。ここの小型の犬の中には犬というよりは、むしろキツネかタヌキとでもいった方が適当と思われる位のものがある。また短毛の犬が非常に多いのも意外とする所である。
ここらの犬においては耳は小さくて直立し、その先端は尖り、眼は濃い茶色で、毛色はキツネ色、タヌキ色、白、黒斑、茶斑、淡赤などで、多くは鼻はもちろん口の中も爪も真っ黒で、顔面は日本犬と同様八角を呈し、吻(口先)も細く尖っている。
白老部落の犬は日高のものより一般的に大きく肩胛部の高さは35~55糎(センチメートル)位で、短尾の犬も相当見られたが、日高地方の犬より野生的の感じが少ない。
以上はアイヌ犬の大略であるが、アイヌ犬と日本犬中の小型および中型犬と比較して見ると、特に異なる點(点)を挙げる事は困難である。殊に長知内あたりで見た白犬などは紀州あたりに多い白犬と殆ど区別がつかない位であった。ただ、本州より短尾犬が著しく多いという点は注目に値する。
【本年度催し物予告】
講演会:6月4日(土)夜。東京市内において開催
場所、講演者氏名、演題など確定次第通知す。
日本犬展覧会:10月16日(日)雨天ならば17日(祭日)東京市内において開催
関西座談会:今秋適当の時期に京都または大阪において開催
原文
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