捕虜収容所での食生活

米軍の捕虜収容所内での食生活

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ルソン島 第12労働キャンプの鳥瞰図

1.日米の食事に対する考え方の違い

真一達は、ジャングルでの逃亡生活のあと、アメリカ軍に降伏し捕虜収容所にてPW(Prisoner of War: 戦争捕虜)の生活を送る。その生活ではアメリカ人と日本人の食事に対する根本的な違いを感じたという。

以下は、第3章「虜人日記」の「米国の缶詰」からの引用

米国は世界一物資の豊かな国で、物資の過剰生産に悩んでいる。そして彼等はこの過剰物資のため、物価額が下落しないような色々の処置が取られている。ケマーアージー運動(過剰農産物の処理)等も、その1つだ。小麦、コーヒー等、何でもどんどん燃やしてしまう。日本の二宮尊徳式の「モッタイナイ」の経済観念とは大分違っている。

(中略)

米国の軍隊は、ほとんど缶詰だけで生きている。我々PW(Prisoner of War: 戦争捕虜)もやはり缶詰だけで1年以上も生活してきた。生物等は、ほとんど食べないのに、大した保健上の支障をきたさない。彼等の缶詰、特に野菜、果物、それにヴィタミンCを保持するよう、細心の注意が払われている。

(中略)

米軍は第一線では、このレイション(携帯できる弁当)だけで戦っている。日本軍が、敵前で無理して煙を出さんようにして飯盒炊事をしたのとは大分段が違っている。

(虜人日記、第3章「虜人日記」紙の書籍P290より)

第二次世界大戦中に開発され、アメリカ兵に支給されたレーション(戦闘糧食)
引用元:Wikipedia「Cレーション」より

ジャングルの中で煙を立てながら飯盒炊事をする日本兵たち

・・・

80年近く前、真一が感じた、「アメリカ人の合理性」と「日本人の非合理性」は、当時の食事だけに留まるものでなく、今日のビジネスなどにも言えることなのかもしれない。

2.捕虜収容所内で作成したカロリー計算表

真一が作成した捕虜収容所内で配給される食事のカロリー計算表を紹介する。
英文でも記されたいるのは、アメリカ人に食事の栄養改善を求める交渉のため。

ドキュメントの上部には「第12労働キャンプ562人分 7日間の糧秣」と記された後には英文で「We received this week as follows、15 May 1946~26 June 1946」と記されている。

コーンビーフ、ソーセージ、トウモロコシ、酢キャベツ、ニンジン、トマト、豆、米などが、捕虜の日本人に支給されていた様だ。

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