(引用)
昭和二十年九月一日、ネグロス島サンカルロスに投降してPW(Prisoner of war 捕虜)の生活を始めて以来、経験した敗戦の記憶がぼけないうちに何か書き止めておきたい気持を持っていたが、サンカルロス時代は心の落ちつきもなく、給与も殺人的であったので、物を書いたりする元気はなかった。レイテの収容所に移されてからは、将校キャンプで話相手があまりに沢山あり過ぎて落ち着いた日がなく、書こう書こうと思いながらついに果さなかった。
幸か不幸かレイテの仲間から唯一引き抜かれて、ルソン島に連れて来られ、誰一人知った人のいないオードネルの労働キャンプに投げ込まれた。
話相手がないので、毎日の仕事から帰って日が暮れるまでの短い時間を利用して、記憶を呼び起こして書き連ねたものである。
[虜人日記 ちくま学芸文庫 「序」より]