A室: 真一が生きた時代

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b11911年(0歳) 9月13日 小松録衛(父)逸(母)の長男として誕生。家業は東京日本橋横山町の鞄、靴製品の大問屋。幼少より恵まれた裕福な境遇で育つ。
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真一が生まれた頃の東京・日本橋

1923年(12歳)関東大震災が起きる。
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1923年(12歳)関東大震災により家屋、店舗は全焼

1929年(17歳) 暁星中学卒業 / 東京農業大学入学 農芸化学を専攻し、醸造発酵を学ぶ
1931年(19歳)卒業論文『樺太犬の研究』のため北海道、樺太に調査旅行。そのおり日高アイヌ部落で、運命の子犬(ぜま)に出会い、一年半後に購入。
1932年(20歳) 1929年に発生した世界大恐慌起の影響は家業を破産に追い込む。 真一名義で行った父の投資が失敗し、卒業前の真一は破産宣告受ける。
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アメリカでは1,200万人が失業、恐慌の影響は全世界に広がる

(20歳) 東京農業大学専門部農芸化学科卒業 / 大蔵省醸造試験所に入所
(20歳) 送料共10円で日高より、ぜまを買い取る
以降、愛犬ぜまを伴い登山、ハイキング、渓流釣り等自然に遊ぶ。ぜまは真一が結婚するまで青春のパートナーとなる。
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「ぜま一代記」 奥日光 切込湖

ぜまは今まで数多く飼った犬の内で第一の名犬で、私の青春時代はこの犬と共に暮らしてしまったようなもので、大して悔いもない(中略)。人一代に一匹の名犬に巡り会えば「その人は幸福な人だ」と言われているから、自分もぜまのお陰で幸運に恵まれたわけだ。
——「ぜま一代記」あとがきより

(21歳) 日本犬保存協会設立と同時に理事に就任(~1949年)
(22歳) ぜま、日本犬保存協会賞受賞
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真一(左)とぜま、日本犬保存会犬舎開場式

1934年(22歳) 農林省米穀利用研究所に入所
1938年(26歳) ぜま死去
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「ぜま一代記」 (絵:1938年  文:1954年)

1939年(27歳) 台東製糖(株)に入社
(27歳) 結婚 (沼津精華女学校創立者・秋鹿見橘の四女 由紀子)

b21939年(28歳) ブタノール工場建設の特命を受け台湾に赴任
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台東製糖の工場建設 真一(前列中央)

1940年(28歳) 長男 誕生
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幸せな家族での写真

(29歳) 台東製糖(株) 無水酒精工場を創設し工場長に就任
1941年(30歳) 太平洋戦争勃発(真珠湾攻撃にて日米開戦)
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1941年、真珠湾攻撃により日米開戦

1942年(30歳) 次男 誕生

1942年(30歳) 次男(紘行)誕生。 ブタノ−ルの工業化に成功し、二人の子供にも恵まれ、幸せな家庭を創リ出していた。だが、この一年後には「虜人日記」に記されている過酷な体験が始まる。
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